銀魂
□Happy
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彼は確かに凛とした声で幸せだ、と言った。その言葉を聞いたのは最後の出陣の日だった。小太郎も高杉も辰馬も疲労の限界が来ていて、勿論わたしもその一人だった。それぞれバラバラに行こう、そう言ったのは銀時からだった。小太郎はすかさず反論し、それに辰馬も便乗した。しかし、静かに高杉が「分かった」とつぶやいたものだから、銀時の案はすんなりと可決された。それから小太郎、辰馬、高杉と次々に戦場の闇に消えていった。道場の門前に残されたのは、私と銀時だけだった。
「また、会えるかな」
「ばーか。何しけってんですかー?」
「だって」
「…会うために」
「え?」
「また会うために戦って生き残んだよ。分かったか、ばーか」
「ごめん」
「今日はやたら素直じゃねーの」
「だって、最期くらいさ、」
「さっきの話聞いてたのかよ?」
「………」
のびた前髪のせいで銀時の顔は見えなかった。けれど、少しだけ声のトーンが低くなっていた。頭に巻いた真っ白のハチマキが風にたなびく。しばしの沈黙が流れた。
「ねぇ銀時、コレ」
「…ハチマキがどーしたよ」
「あげる」
「は?」
「…ちゃっちいけどさ、お守り」
「………」
「最期にしないために…また、会うために」
「ありがたく頂戴しとくわ」
「…さよなら、銀時」
哀れんだ様に、でも何処か楽しげに彼女は笑った。それが、俺と彼女が交わしたその日の最後の言葉だった。俺が返事を返すのも待たないまま、彼女は鞘から刀を取り出し振り向く事もないまま、薄ぐらい戦場の闇に消えていった。確か、そのくらいからポツポツと雨が降り始めていたと思う。雨のせいで濡れて冷たくなった手を見る。濡れた左手を乱暴に服で拭った。
「最期になんかさせねーっての」
体がだるい。周りには屍の山が重なり合っていた。怖い、なんて恐怖はなくなっていた。死と言うものに関しての恐怖が麻痺してしまっている。雨が冷たく重たく感じた。色んな場所に切り傷を負った。さすがに血を失いすぎた。死ぬ。そう思った。最期にしないと確かに思ったはずなのに、足が地面にへばり付いたように動かないのだ。一瞬でも彼女の元へ早く行きたい。行かせてくれ。動けよ、動けよ、俺の足。
「………ぎ、とき…」
幻聴じゃない。前には刀を支えにして歩いてくる、愛しい愛しい彼女の姿があった。柄にもなく雨に紛れて涙が頬を伝った気がした。必死を足を動かして彼女にかけよる。刀が手から離れた。気付いた時には彼女を抱きしめていた。
「…良かった…ッ…!」
「ぎん、とき…」
「怪我…怪我ねーか!?」
「…め、とう」
「…え?」
「おめでと…」
抱きしめていた体を離すと、彼女の手が頬を伝った。意味がわからずに呆気にとられていると、くすりと笑った。
「気付いて、なかった…?」
「な、」
「ハチマキ…」
彼女の白い手がハチマキに添えられた。血のついた手でそれを手繰り寄せると俺の目の前まで差し出して来た。
「あ、…」
「サプライズ…仕掛けた本人が明かすなんて変、じゃん…」
弱々しく笑いながらそう言う彼女の手の中にあったのは、ハチマキの隅に小さく書かれた文字。控えめに墨で「誕生日おめでとう」と書かれてあった。
「銀時ッ!!!いつまで寝てんの!!!」
重たい瞼を開けると、そこには俺の腹の上にどかっ、と座った、愛しい彼女の姿があった。その光景を見て先程見ていたものが「夢だ、」と強引に現実に引きずり出された。昔の夢を見るなんて、もう俺も歳かと萎れた。
「お前さ、朝からこんなバイオレンスな起こし方はないっしょ」
「朝じゃないです、もう昼です」
「屁理屈」
「銀時がね」
頬をハムスターの様に膨らませて彼女は言った。外からは人が歩く音が聞こえてくる。車の走る音や話し声。窓の隙間からは太陽が放つ光。先程見ていた夢とは天と地の様に違うな、と感じた。これが望んでいた平和か。そう思うと胸の中がキュッ、と締め付けられる様だった。いまだに俺の腹の上で愚痴を零すコイツを見ていたら、またギュッと何かが締め付けられた。
「そうだ、銀時」
「ん?」
「今日は昨日稼いだお金でお昼食べに行こう!」
「どーしたの」
「だって、銀時誕生日じゃん」
窓の隙間から入り込んで来た光で照らされながら笑う彼女を見ていたら、あの日の言葉が頭にこだました。
「最期にしないために…また、会うために」
「あの頃から比べたら、プレゼントも豪勢になったもんだよなァ…」
「え?」
「なんでもないですー」
「銀時」
「何?」
「誕生日、おめでと」
幸福な毎日にスマイル
HappyBirthday 銀さん!