短・中編

□Limit of ×××
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《X-dySor52 削除完了マデ アト 4日》


 暗い、地上の光の届かない場所で、不意に、無感情で無機質な機械の声が、僕の耳に入った。


















「野田、こんな所にいたの?」


 第三小学校の寂れた旧校舎の裏で、お下げ髪の地味な風貌の少女が膝を抱えて座り込んでいた。
 少女もとい野田亜希子は、僕の呼び声に顔を上げた。長い間そこで泣いていたようで、大きなレンズの向こうの目の周りは赤くなっていた。


「きっ、木下くん。ど、どうしてここに……」

「大木達とバレーしてたんだ。それで、大木がサーブで場外ホームランをしちゃってさ。……それより野田、お前傷だらけじゃないか。」


 僕の言葉に、野田はビクッと肩を震わせ、怯えたような目を僕に向けてきた。


「……き、木下くんも、私を、ぶつの?わざわざ、砂を、かけるの?」


 途切れ途切れに、野田が言葉を紡いだ。
 そんなひどい事をするわけないだろう、お前は僕を何だと思ってるんだ。そう言おうと思ったが、そんな事を言える立場でもない事を思い出した。
 クラスで虐めに遭っている野田に手を出しこそはしなかったものの、クラスの連中と一緒になって惨めな野田を笑っていた事は何度もあるからだ。
 けれど今は、泥だらけで一人で泣いている野田を笑ったり、ましてや手を出してやろうなんていう気持ちは、到底沸かなかった。


「そんな事しないよ」

「……え?」


 僕の言葉に、野田は驚いたように目を丸くしたが、すぐに疑わしげな目を僕に向けた。今までの行いを考えれば当然といえば当然の反応なんだろうが、なんとなくむなしかった。


「また岡本達?」


 聞かなくてもわかっているような問い掛けだが、一応聞いてみる。案の定、野田は再び怯えたようにビクッと肩を震わせた。なんてわかりやすい反応なんだろう。野田が虐められる理由としては、この気弱な性格も大いにあると思う。
 岡本菜月。野田を一番虐めている女子グループの主犯格の女である。野田の事を病原菌扱いして「触ったら野田菌が移るよ〜」なんていう割には、隙あらば殴ったり蹴ったり砂をかけたりするのだから、全く矛盾していると思う。


「なんで何も言い返さないの、そんなんだからあいつらに虐められるんじゃないか」

「み、みんなそう言うのよ。木下くんなんかにわかりっこないわ……岡本さんにはいっぱい仲間がいるけど、わ、私には、クラスに、一人だって味方がいないのよ。みんな見て見ぬふりじゃない。
 い、言い返したりなんかしたら、ま、またクラス中からもっとひどい事をされるわよ。この前は先生に言ったのに、先生は「このクラスにいじめはない」なんて言って取り合ってくれなくて……岡本さん達には、先生に言ってんじゃねーよって、彫刻等で、切りつけられた、わ。私なんかが言い返したって、どうしようも、ないわよ。
 それとも、木下くんが庇ってくれるとでもいうの?」


 野田の言葉に、それ以上僕は何も言えなかった。
 野田に言われて、ハッとした。確かに、この前の春に転校してきたばかりの根暗な野田には、クラスに友達なんて一人だっていないんだ。それは、今まで野田を見ていた僕だってよくわかる。確かに今のは軽薄だった。


「……ごめん、野田」

「なに、なんで謝るの?木下くんだって……彼女らと同じじゃない」


 その言葉に胸が痛んだ。僕は違うなんて、否定できる筈がなかった。岡本達や大木達にバケツで水をかけられたり黒板消しを顔に押し付けられたりする野田を、遠巻きに見て笑っていたんだから。実際に僕が野田に何かをした事はないけど、僕が野田の立場だったら、虐められてる自分を笑う奴なんて虐める奴と同レベル以外の何物でもない。


「わっ……私なんか……生まれてこなければよかったんだわ。前の学校でも、そうだったのよ。陰気、落ちこぼれだと虐められたわ。
 お、お母さんだって、妹ばかり構いきりで、わ、私を見てくれた事なんかないのよ。それなのに、どこへ行こうと、友達だってできなかった。
 わ、私なんか、死ねばいいんだわ。わ、私の事を少しでも好きな人なんて、い、いないんだから……」

「野田……」


 野田の言葉を聞いて、胸が痛んだ。
 今までは野田の事を、暗い奴だから虐められても仕方がないなくらいにしか思っていなかったが、そう思っていた昨日までの自分を憎らしいとさえ感じていた。
 思えば、いつも遠巻きに見ていた野田をこうやって間近で見るのは、初めてだ。改めてこうやって見ると、給食を食べてもいつもすぐに吐き出すことが多いせいか、なんだか頼りないくらいに細くて儚げに感じられた。


「ごめん、野田……今まで、ごめん……」


 その言葉は、僕の口から自然と滑り落ちていた。野田は僕のそんな言葉に、一瞬目を見開いたが……すぐにまた、諦めたような表情を浮かべた。


「……い、今までだって、そうやって謝ってきた人はいたわよ。でも、それだって嘘でしかなかったわよ」

「う、嘘じゃないよ!」


 必死になって否定するが、野田はそれでも、僕の言葉を信じてくれる様子はなかった。
 僕が今までしてきた事を考えると、無理もない。無理もないのだが……一体、どうしたら、信じてもらえるだろうか。

 僕は、野田と話がしたいと思ったんだ。今まで誰とも、悲しみも、喜びも、怒りも共有できなかった野田と、ただくだらない話をしてみたかった。
 野田が今まで誰とも笑い合う事ができなかった分、僕が野田を笑わせてやりたいと思った。


「……野田、あのさ」

「な、なに?」

「こ、今度……僕の家に遊びに来いよ。き、昨日買ったゲーム、まだ僕もろくにやってないし大木にも貸してないんだけど……野田に貸してやるからさ」


 僕の言葉に、野田は一瞬目を丸くした。……が、すぐにまた眉間に皺を寄せた。


「そ、そんなの嘘よ。どうせ大木くん達も呼んで、いつもよりもっと酷い嫌がらせをするんだわ」

「嘘じゃないさ!……そりゃあ、いきなりこんな事を言っても信じられないと思うし、今更だって思うかも知れないけど……ぼ、僕が……の、野田の……と、友達に……」

「岡本さんだって最初はそんな事言ってたわ」


 一蹴されてしまった。……僕にとっては、多分告白並みに勇気のいる言葉だったのに。


「おーい祐助!お前ボール取りに行くのにどんだけ時間かけてるんだよ!」


 大木の声が近付いてくるのが聞こえてきた。不意に、野田が再び怯えたように肩を揺らした。大木も、岡本ほどとは言わないまでも率先して野田を虐めていた奴だからだ。


「の、野田はあっちから逃げろよ、僕はそっちから出て行くから」

「え?木下く」

「いいから早く。……あと、さっき言ったこと、考えておいて」


 野田は、あたふたしたように立ち上がったあと、ぺこりと僕に頭を下げて走って行こうとした。


「あと、それから……」



「今までごめんね、野田」


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