短・中編

□Hey!!Everyone!!
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 少年S.Yの厄日



 頭がガンガンする。

 窓の外で鳴いている雀の声が、朝の訪れを告げる。その雀の鳴き声さえもが、煩わしく感じた。
 俺は頭が痛いんだよ阿呆、焼き鳥にしてやろうか。一瞬そんな不毛な考えが頭を過ぎったが、雀の焼き鳥なんか不味いに決まっている。意味もなくまたげんなりする。

 雀の鳴き声と共に、俺のものではない寝息も耳に入る。俺は、俺の腹の上で寝息を立てているそいつを見やった。
 彩である。彩が、俺の腹を枕にしてすやすやと眠りについている。頭痛と戦っている俺を差し置いて眠っているこいつが憎い。

 何故起きたばかりなのにこんなに頭が痛い。……1.2秒ほど熟考した結果、昨晩窓伝いで俺の部屋にやってきた彩と遅くまで対戦ゲームで盛り上がっていた事が原因だと思い出す。



――――



「しゅーうーくーんー!暇だよ暇だよ構ってー!」

「ちょっと待て」


 突然窓から侵入してくる彩に、俺は至って冷静な対応をする。
 当たり前のようにガラッと俺の部屋の窓を開け侵入してくる彩なんて日常茶飯事だ。部屋に戻ったら彩が勝手に寛いでいたなんて事も、ついでにそれらの逆も、日常茶飯事だ。
 こないだ買ったばかりのゲーム機Weeの電源を入れる。『Battle‐ER』というアクションゲームのタイトル画面が出てきた。


「昨日はコテンパンにされたけど今日はそうはいかないんだからね!今日こそエアリーで打ち負かすんだから!」

「んー……じゃあ俺は今日はセリを使ってやる。戦士型キャラに対して魔術師型のキャラなんだから相当のハンデだろう?」

「うわー、カチンときちゃったよ。流石にバカにしてるでしょ秀くん」

「だってお前、俺がシャルとかその辺の戦士型使うと絶対勝てないじゃん」



――――



 ……という具合で、俺の挑発に軽く乗った彩と俺は、一晩中熱く対戦しあった。
 ……という予定だったのだが、結局セリを使っても彩をコテンパンにしてしまったので調子に乗ってWeeリモコンを振り回していたら机に手をぶつけて流血……という間抜けな出来事があったせいで勝負は中断される事となったのだ。
 ともかく、俺の頭が痛むのはそういった理由である。

 時計に目をやる。5時半。まだ俺が起きる時間には早い。しかし、俺の頭は冴えてしまっている。
 ……公園にでも走りに行くかな。
 そう思い、慎重に彩の頭を俺の体の上から下ろして体を起こそうとしたその時だった。

 不意に、俺の腹を枕にしていた奴の腕が俺の腰にぎゅっと巻きつく。


「……んー……しゅうくん……行かないで……」


 一体何事かと彩を見たが、なんてことはない、ただ寝惚けているだけであるようだ。
 しかし、寝惚けているくせに腕だけはしっかり俺に掴まって離さない。


「……なんだお前、無防備に寝やがって。犯すぞ」


 ……なんて、寝ている彩に呟いてみても、彩は幸せそうに眠るばかりである。
 彩のほっぺたをつついてみる。「……やぁ〜」と、悲鳴とも呻き声とも呼べない何とも言えない声を発した。当然、寝ぼけている。
 なんとなく面白くて、俺は何度も彩のほっぺたをつついたりつまんだりした。幸せそうな寝顔が、段々嫌そうな表情へと変わっていく。
 鼻の穴に指を突っ込んだ時だった。


「ん゛ん!!」


 流石に限界だったのか、彩が勢いよく腕を振り回した。
 運が悪く、彩が振り回した手は俺の鼻の頭にクリーンヒットした。痛い。すごく、痛い。鼻が、もげそう……
 彩の顔を見てやると、先程までの嫌そうな顔はどこへやら。俺に抱きついた状態で、すやすやと眠っている。

 仕返しに、と鼻を摘んでやろうとしたが……その相変わらずの天使の寝顔っぷりに俺の邪気も失せたようで。鼻を摘もうと伸ばされていた俺の手は、気付いたら彩の頭を撫でていた。
 そうすると、頭を撫でられている事がわかってるんだか否か……気持ち良さそうな顔を彩は見せてきて。……思わず、愛しさがこみ上げてくる。


 そうだ。ちょっとくらい、いいよな……?


 俺の腰に巻きついている彩の腕を外し、すやすやと眠っている彩と向かい合うようにして寝転がる。そして、彩の腰をぐいっと引き寄せた。
 俺の目には、薄く開いた彩の桃色の唇だけが映っている。
 そして、それに吸い寄せられるように、俺の唇は彩のそれへと近付いていって……そして……


 ぶぅぅぅぅん。


 俺のすぐ耳元で不快な羽音がし、背筋がぞくっとし、全身が強張る。
 俺と彩の距離は1cmくらい。せっかくいいところだったのに……と思うよりも先に、俺の思考は恐怖に支配されていた。

 先に言っておくが。俺は、虫が大の苦手である。
 小学生の頃俺は、間違ってTシャツに止まったゴキブリを手で潰してしまった事がある。潰れたゴキブリがTシャツにこびりつき、中途半端に原型を留めたままなかなか取れなかったのだ。
 それがトラウマで、俺は足の生えた虫が今でも恐ろしくてたまらない。百足なんか見た日には失神する。

 今、耳元を飛んでいる虫は蚊だろうか。姿の見えない虫への恐怖と戦いながら、直感的にそう思った。
 民家の中を普通に飛んでいる虫なんて、蚊くらいのもんだ。……蚊にしては少し、羽音が重いような気がしなくもないけど。
 ……蚊ならまだいいんだ、蚊なら。辛うじて叩けるから。叩いた後は手を10分は洗わないと気が済まないけど。

 大丈夫。やれる。頑張れ、俺。奴を殺ったらまた続きをしような、彩。

 ……なんて気持ち悪い事を思っていると、俺の後ろの方で羽音がぴたっと止まった。
 今がチャンス。彩に接吻をかまそうとする変態な蚊畜生は俺が退治してやる。
 そう思って俺は起き上がり……勇気を振り絞って、振り返った。振り向いた瞬間、壁に止まっている奴の姿を目に捉えた。



「……が……が……

 ガガンボだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」


 予想外にでかかったそいつに仰天し、俺は後ろに倒れこんだ。
 倒れこんだ瞬間、ガンッと鈍い音が俺の頭の中で響き、そして後頭部に鈍い痛みが走ったのだった。

 俺の視界が、真っ赤に染まっていく……。


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