短・中編

□星旅行(前半)
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 辺りは真っ暗で、もう、街灯と川の向こう側に見える夜景くらいしか明かりがない。そんな時間帯に、星空を見上げながら川沿いを歩く、二つの人影がある。
 川沿いには芝生が生い茂っており、昼間は下校中の小学生なんかがよくサッカーなんかをして遊んでいる。


「ねえ、見て。あそこに、一際明るく輝いている星がある」


 少女は、たくさんある星の中でも一番明るく輝いている星を指差して、言った。
 中学校の制服を纏ったやや幼い風貌の少女の問い掛けに答えたのは、少女と並んで手を繋いで歩いている、少女よりも頭一つ分ほど背の高い少年だった。


「本当だ、すごく綺麗。いいなぁ、近くまで行きたいな」

「残念だけど、それはできないんだよ」

「……どうして?」


 少女の返答に、少年が残念そうな表情で首を傾げる。
 その様子になんとなく罪悪感を覚えつつ、少女は問いに答えた。


「星はね、地球からは絶対に届かないほど遠くにあるの」

「そうなの?本当に行けないのかな」

「絶対かどうかはわからないけれど、少なくとも今は誰も行けないと思うよ」

「そっか、そうなんだ……」


 少年は、しゅんとした様子で俯いた。
 この少年は、よく夜空を見上げていた。星が綺麗に見える夜になると、いつも夜空の星をじっと見つめていたのである。少年が夜空を見上げることが好きなのだと悟った少女は、たまには川でゆっくりと星でも見ようと少年を誘い出したのだ。

 しかし、結果的にはどうやた落ち込ませてしまったようだ。これでは誘い出した意味がない。少女は、すぐに慰めるように口を開いた。


「……でもね、考えてみて。星達は、絶対に届かない場所からでも見えるように、ここまで強い光を届けてくれているんだよ。
 だから、私はこう思うんだ。彼らは、あんなに遠い場所から、ずっと変わらない場所で見守ってくれてるんだって。私達が見失わないように、ずっと同じ場所にいるんだって教えてくれているんじゃないかなって」

「ずっと同じ場所に?」

「うん、そう」


 語りかけるようにそう言うと、少年はパッとひまわりのように明るい笑顔を咲かせた。


「……そっか。それだったら、もしあの遠い星の近くに行こうと思った時にも、ずっと居場所を教えてくれているから迷わないね。
 今は無理でも、きっといつか大空を飛べるようになって、うんと遠くまで行けるようになるよ。そうしたら、ここから見える全部の星を見に行きたいんだ。
 その時は、アキも一緒に行こうね」

「私も、一緒に?」


 思わぬ少年の言葉に、少女が首を傾げる。
 少年は、笑顔でうなずいて続けた。


「宇宙船に乗って近くで見る星は、きっとここで見るよりもずっときれいだと思う。だからその時は、アキにも見せてあげたいんだ」


 少年の屈託のない笑顔に、思わず少女も笑みが零れる。
 星に行けるようになる日。考えた事もないけど、遠くない未来、いつか本当に来るかもしれないな。
 そしてその日を、目の前の少年と一緒に迎えられたら、素晴らしいだろう。

 少年は笑う。少女も、笑った。


「うん……そうだね。その時は、一緒に星を見に行こう」

「うん、約束」


 少年と少女は、小指を繋ぎ合って、小さな約束をしたのだ。















「……や、四ツ谷……?」


 四ツ谷アキは、誰かが自分の名前を呼ぶのを聞いた。
 まだはっきりとしない意識の中で、ぼんやりとその声を聞いていた。
 その心地よい声色に、アキの意識は再び遠のこうとした……が、肩に手を置かれ体を揺さぶられた事により、それは阻止された。


「……四ツ谷ってば。もう真っ暗だよ、そろそろ帰らないと危ないって」

「……ん……?」


 緩慢とした動きで目を擦りながら、アキは目を開いた。
 どうやら、教室の机に突っ伏して眠っていたらしい。昼間までは明るかった空はすっかり暗くなり、部活をやっていた生徒も、半分くらいは既に帰ってしまったようだ。

 窓の外を見ると、自分達がいる教室以外は殆どが灯りが消えている。どうやら他のクラスの生徒も、殆ど帰ってしまったようだ。


「おはよう、四ツ谷。随分と深く眠っていたね」


 アキが寝ていた席の前の席に座り、アキの方を振り返る男子生徒・市ヶ谷カナメは、穏やかに微笑みながらそう言った。


「……おはよう、市ヶ谷くん」


 抑揚のない声で、アキはそう返した。元々あまり愛想の良くないアキだったが、寝起きで頭があまり働いていない事もあって、いつも以上に無愛想だ。


「四ツ谷が途中で寝ちゃったからさ、僕が着色やっておいたよ。どう?」


 そう言ってカナメがアキに差し出してきたのは、二人で描くことになったポスターだ。
 この学校で二週間後に行われる合唱際のポスター係に成り行きでなった二人は、二日後の締め切りに向けて今日もポスター製作に取り組んでいる。
 ポスターは今は殆ど完成しており、後は仕上げだけである。


「……寝ちゃってごめん、市ヶ谷くん。それ、すごくいいと思うよ」

「本当に?ありがとう、四ツ谷にそう言ってもらえて嬉しいよ。僕の方こそ、構図は殆ど四ツ谷にまかせっきりだったし……徹夜してやってくれたんだろ?」


 そう言ってカナメは、申し訳なさそうに笑った。


「うん。そうだね、お互い様だね。
 どうする?あとはもう仕上げだけだし……あとは明日にして、今日はもう帰ろうか」

「あ、うん。そうだね。帰る準備、手伝ってあげるよ。よかったら一緒に帰ろう?」

「いいよ」


 声色は素っ気無いが特に抵抗もないアキの返事に、カナメは小さくガッツポーズをしたのであった。

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