屍鬼

□心に触れる
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「夏野ぉー」


後ろから聞こえる声に、夏野はうんざりしたようにため息をついた。


「…名前で呼ぶなって」


案の定、振り返ればへらへらと笑う徹が居て、またため息をついた。


「夏野、ため息つくと幸せが逃げるぞー」

「…うるさい」


そのくらいで幸せが逃げて堪るか。

そもそも幸せなんてあやふやなもの、逃げるもくそも無いだろうと夏野は思う。


駆け寄ってくる徹を横目に、夏野は歩き出した。


「待てって、夏野ぉ」


無視したようなものなのに、徹は必ず追ってくる。


「…なんで」

「なんだ?夏野」


声が漏れていたのか、律儀に返事をしてくる徹に、内心慌てて「…なんでもない」と取り繕った。

しかし、徹はじゃれるように夏野に抱き着く。


「なんだよ、気になるだろぉ」

「離れろ、暑苦しい」

「夏野が言ったら離れるぞ」


また名前…、と思ったが夏野は諦めたように徹の顔を見た。


「なんで、徹ちゃんは俺に構うんだ」


きょとんとした顔。

まさに、世間一般的に言う阿呆面。


「…ぷ」


自然と、笑いが漏れた。


「夏野、今…」

「徹ちゃん馬鹿みたいな顔してるぜ?」


ぽかんとした徹に夏野はまた笑った。


「今、笑った!」


徹に包み込まれるように顔を掴まれ、今度は夏野が目を丸くした。


「な、何だよ?」

「何で構うんだ、だっけ」

「あ、あぁ」


「今まではずっと夏野の笑顔が見たかったからなんだけど…今見れたし」


にこりと徹は眩しいくらいの笑みを浮かべる。


「やっぱり夏野と一緒に居たいから、かなぁ」


「…そうか」


夏野は徹の手から顔を取り返し、また歩き始める。


「あ、待てってば夏野ぉ」


徹もまた、同じように夏野を追い掛ける。






――END――




(なぁ、夏野)

(…何)

(一緒に居てもいいか?)

(……勝手にすれば)






――――――
夏野が引越してきたばかりくらいの頃。
.


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