屍鬼

□雨が降る
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小さなゲーム音だけが静かな部屋に響く。

部屋には2人の人がいるが、その静寂はお互いにとって苦痛なものではなく、逆に心地いいものであった。

が、その静寂はベットの軋む音によって破やれる。


「俺、そろそろ帰るね」


夏野は立ち上がってベットから下りる。


「おー。じゃあまたな、夏野ぉ」

「ん」


振り返りもしない徹に夏野は気の抜けたような声で返事をして部屋を出ようとする。


「……」

「…どうした?」


いつまでも出て行かない夏野を疑問に思ったのか、徹が振り返って問い掛けた。


「…音が」

「音?」

「雨の音だ」


そう言われ、徹が窓へ歩いて行きカーテンを引くと、雨が窓を打っていた。


「ほんとだ。どうする?傘借りてくか?」

「…もう少し居させてもらう。どうせ通り雨だろうし」


そう言った夏野は少し不機嫌そうに眉を寄せて、来た道を戻りまたベットへ腰掛けた。

そんな夏野を見て、徹は首を傾げる。


「夏野って雨嫌いなのか?」

「は?どうして」

「ここ、すげー寄ってる」


徹は夏野の眉間の皺をのばすようにをぐりぐりと押す。

「痛い」と言って夏野は徹の手を振り払う。


「…別に、嫌いってわけじゃないけど…」

「じゃあ、どうしたんだよ?」


興味津々に詰め寄る徹に深いため息をついて夏野は諦めたように窓を、その先の雨を見つめた。


「…なんか、塞ぐみたいだろ。雨って」


夏野の見つめる空は重い灰色をしている。


「まるで、もうそこから出られないみたいな。そんな錯覚をさせられるんだ」


八方を囲まれ、そこから動くことができなくなってしまうような、もどかしく、歯痒い気持ちになる、と。

まるで敵を見るような目で外を見る夏野に徹は頭をかく。


「…夏野の言うことは難しいなぁ」

「…あんた、年上だろ」


ふっと笑った夏野の瞳に優しさが宿ったのを見て、徹も笑う。


「よくわからんが、あんま難しく考えるな。難しく考えすぎるのは夏野の悪い癖だぞー」

「…わかってるよ」


少しいじけたような顔をした夏野に、また徹はふっと笑いを漏らした。


「………あ、雨が…」

「止んだな」


徹が窓を開けると、雨が降ったせいか生温いような湿った空気が部屋の中に入ってきた。


「…夏野、見てみろ」

「何…」


顔を上げた夏野の目に飛び込んできたのは、空にかかる虹だった。


「…すげ…」

「綺麗だろ?」

「うん。こんなはっきり見たの初めてだ」


思わず身を乗り出す夏野に徹は微笑みかける。


「雨はそのときは周りを塞ぐのかもしれない。けど、その後絶対に世界を広げるし、こうやって橋をかけてくれたりもするんだ」

「…徹ちゃん。それくさいよ」


ちらりと徹を見た夏野はまたすぐに空へと目を向ける。


「…でも、そうなのかもね」


そう言って夏野は小さく笑みを零した。






――END――



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