屍鬼
□君の始まり、僕の終わり
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体が怠くて、五体を縫い付けられているかのように重く、動かない。
はぁっと熱い息が漏れる。
(なんで、こんな事になっているんだっけ…)
考えようとすると意識が白く塗り潰されて、もう何も考えられなくなる。
ただ、なんとなくだけど、自分がもうすぐ終わるということだけはすんなりと理解できた。
また、熱い息が漏れる。
(…あぁ、今日も夏野が家に来るのに…)
もう瞼は開いてくれない。
―――−−‐‐
この間までは確かにそちら側だったのに、気がつけば自分が奪う側になっていた。
あの時は目の前の温もりに触れれば温かい気持ちになれたのに、触れることが恐ろしくなるだなんて、誰が知っていたんだろうか。
食事の為に触れた体は酷く熱かったのを覚えている。
でも、きっとこの熱はすぐに氷のように冷たくなってしまうということを知っていた。
知っていた筈なのに、あの時血を吸えば、もう最後になってしまうかもしれないと、わかっていた筈なのに。
(……夏野)
花をそっと窓の前に置く。
もう、彼は起き上がらないのだろう。
萎れた花が風に吹かれる。
(……なつ、の)
声にならない言葉が口の中で燻る。
もうその名前を呼ぶ権利など、自分には無いとわかっているから、この言葉は、気持ちは、燻って喉を焼き続ける。
(…夏野、許してくれ…)
だから、もう辛いから、苦しいから、今までの自分との決別の言葉を吐き出した。
「徹ちゃん」
人を捨て去る為に吐き出した言葉だった筈なのに、呼ばれた自分の名前に懐かしい響きを感じて、何も言えなくなった。
甘く、自分を人だと錯覚してしまうような耳に染み渡る声。
でも、見つめてくる瞳は凍てつくようで、身震いをした。
(夏野が、起き上がってしまった)
さっきまでは、確かに起き上がって欲しいと思っていた筈なのに、不思議と歓喜は沸き上がってこなかった。
目の前に広がるのは、絶望。
(本当はわかっていた。夏野は起き上がったって俺を許してくれないってことくらい。殺したことが無くなる訳がないってことくらい)
だからそっと、目を閉じた。
(さよなら)
瞼の裏に、夏の日に照らされる2人の背中が見えた。
(本当はこの気持ちとは離れることなどできないとわかっているのに、狡い俺は言葉で知らない顔をするんだ)
「俺らはね、もう死んでるんだよ。徹ちゃん」
だから、どれだけ焦がれたってその気持ちは体の中で燻り続けるだけだと夏野は口を歪めて笑った。
――END――
――――――
可哀相な徹ちゃんが書きたかった。