ABYSS長編
□6話
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「ルーク、入るぞ」
声をかけてからその必要がない事に気がつき、ふっと自嘲した。
部屋に入るとルークはガイ達が出て行った時と同じ姿で、その手元には小さな手で必死にルークの手を握ろうとしているミュウが居た。
「ミュウ、ここに居たのか」
みゅ、と少し掠れた声をあげ、ミュウは顔を上げる。
「…ミュウ、泣いて…」
「…ぼくは、ご主人様に何にもできないんですの…」
ミュウが鼻を啜る。
その振動にルークは一瞬驚いたように身を固くしたが、またミュウの頭に手を置いて撫でる。
「どうしたんだ。急に…」
「ぼくは目の前にいる人に何もしてあげる事ができないんですの…!伝えたい事もご主人様には伝わらない…!」
ぼろぼろと大きな瞳から涙が零れる。
ガイはそんなミュウに近づき、ベットの横に膝をつく。
「俺だってルークには何もしてやれてない」
「ガイさんは違うんですの…!」
「違わないさ。俺もミュウも同じだ」
ガイは安心させるかのように優しい笑みを浮かべた。
「ルークを見てみろ」
ミュウはそろりと顔を上げる。
ルークは相変わらず虚ろな瞳でミュウをぼんやりと映している。
その瞳には何も見えてはいない筈なのに、真っ直ぐミュウを見つめていた。
「小さなお前だからこそ、ルークは正確にお前の位置がわかるんだ。それに、自分が理解している温もりがそこにあるとわかるだけで、ルークはすごく安心していると思うぞ」
「…そう、ですの…?」
ミュウは自身の頭の上に乗せられた手にそっと触れる。
剣を使っているせいか少しごつごつしているが、大きくて、温かい。
そんな手が、休む事なくミュウの頭を撫でている。
「…そうだと、嬉しいですの」
目を細めて笑う。
そんなミュウの目尻に溜まった涙を拭い、ガイは立ち上がる。
「さてと。これからどうするかな…」
いつまでもここに居る訳にはいかない。
もう少しルークが落ち着いたら、やはりバチカルに戻るべきだろう、と思い口を開く。
「ミュウはどうする?俺とルークは、アグゼリュスの事もヴァンの事もあるしバチカルに帰ろうと思っているんだが」
その言葉にミュウは垂れていた耳をピン、と上げ「一緒に行ってもいいんですの!?」と聞けばガイはにこやかに頷き、ミュウは大きな瞳をきらきらと輝かせた。
「もちろん、一緒に行きたいですの!」
ミュウの答えに頷き、さて、と考える。
(バチカルに帰るとしても…ルークは、レプリカだ…)
シュザンヌなら、こんな状態のルークを放っておく事などはしないだろう。
しかし、インゴベルトやファブレ公爵はどうだろう。
(…これは、まだ黙っているべきか…?)
バチカルに居る『ルーク』の両親にも、ルーク自身にも。
(これ以上、ルークに辛い思いをさせたくない)
ただそれだけを願う、と。
まるで祈りのようにガイは目を閉じた。
END
(神様なんて信じている訳じゃないけど、こんな時くらい、祈ったっていいだろう…?)
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