小説

□恐怖公
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 誰もいない。

―誰もいない。

―お空はこんなにも明るいのに…、―どうして?

どこ見ても居ないの……。どこ歩いても見付からないの!

「何を言っているんでしょうか?人はこんなにも沢山居るじゃないですか」

 誰!?――。

 見えない…。…見えないよ…。どこ?――、どこにいるの?

「そうか、君は盲目だから見えないんですね」
え?

「こんなにも人が沢山居るのに見えないんでしょ?私なんて貴女の直ぐ目の前に居ると云うのに…」

私って目が見えないの?そんなの嘘よ!だって私の所はとても明るいのよ!目が見えない人って視界が真っ暗なんでしょ?

「もし、ここが真っ暗の夜だとしたら?」

あなたの所は夜だと言うの?

「そうじゃない。私は貴女の所にいるのです。貴女の所が夜だとしたら?」

違うわ、私の所は朝だもの。

「答えなさい」

う……。――、夜だとしたら。怖いわ…。

「そうですか…。まあ、良いでしょう。この契約書にサインしてくれれば、見えるようになりますが如何でしょうか」

え?と言ったらいつの間にか少女の手の中に羊皮紙と羽ペンが出て来た。
「どうやら貴女は夢の世界にいるらしい。この紙にサインしてくれれば元の世界に戻れますし、人にも会えます」


なんで私が夢の世界に居ると思うの?それに、どうやって私と話せるの?

「……。貴女は先程からずっと目を閉じたままだからです。この契約書にサインすれば戻れますが、早くしないと現実の世界に戻れなくなりますよ」

いきなりそんな事言われても。と少女は困ってしまった。

あなたの姿を見なきゃ信用出来ないわ。

「そうですか…。分かりました…」

余りにもあっさりと言われたので少女は戸惑った。本当に私の所にこれると言うの?と。そうこうしているうちに目の前に人の形をした黒い影がぼんやりと浮き上がって来た。

 最初は頭から、そして、肩、腕、腰と順に姿がはっきりしていく。

艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、黒のドレスを着ていた。身体の輪郭が上から下まではっきりしている。足は裸足だった。

綺麗な人…。

そしてようやく顔がはっきりして来た。

――!。突然、少女の中に何かが流れ込んで来た気がした。何か、どす黒い物が…。

 しかしその感覚はあの女を見た刹那、足早に消え去って行った…。

 なんて綺麗な人なんだろう…。

顔の輪郭から、整った目鼻立ちから。

そして―。真っ赤に彩られた唇が、それらを一層引き立てていた。妖絶な美女だった。

私、女の子なのにすごいドキドキしてる…。と、少女は思った。

目があった。

「契約書にサインして戴けますか?」美女は近付きながら言った。声が先程より一層はっきりと聞こえた。
しかし、少女はいつの間にか後退りしていた。

「私がここまで来たからには、書いて貰わないと困ります」

なんと美しい声…。しかし少女はそれどころでは無かった。あの目、目を見た途端に感じた感情…。彼女は既に美女に対して、美しいと言うよりも、恐怖を感じていた。


なんであなたは私のこんな所まで来て構ってくれるの?

彼女は震えながらも勝手に声が出ていた。

「やっとここが夢の世界だとわかってくれたのですか…。もちろん、貴女を助けるためです」と言った後、美女は笑った。

しかし、彼女の顔はひきつっていた…。 

 嘘よ、あなたが私をこんな所に連れて行ったんでしょ?!こんな誰もいない所に私を閉じ込めたのよ!

と、彼女は訳も分からず口走っていた。

「何故、そんな事が言えるのです?私は貴女を助けようとしているだけです」


 私はここが良い!貴女の所になんかいかないわ!

「何を言っている…。一生こんな所にいても良いと言うのですか?」

 


 あなたについて行くよりはここに居る方がましよ。だって、あなたはさっきからずっと嘘を言っているから。

「嘘?」

 私、人の目を見れば何を考えているのか分かるのよ。嘘か、本当かもよ。私はそれを確かめる為にあなたを呼んだのよ。あなたは私を助けようとは思っていないわ、私をどこか怖い所に行かせようとしてるの。そのためにわざわざ私をこんな所に連れ出して、そして―、私を助けようとする演技をしていたんだわ。――と、彼女は言った。美女に対する恐怖心はもう無くなっていた。美女は近付き、しゃがんで彼女の顔をじっと見た。彼女は美女をキッと睨み付けた。

 私を本当の元の世界に返して!こんな所にいつまで居れば良いのよ。一人ぼっちで、寂しくて……。

美女は無言で彼女を見つめるだけだ。何も言わない…。流石に言い過ぎたと思い彼女は焦った。

「しくじった…」

え?

「貴女は探偵か何かですか?貴女はそんなに凄い能力を持っていたのですか?全て当たりです。私は貴女を助けようとは思っていませんでした。いっそのこと貴女の目を取り除いてから来れば良かったです」そしてうふふ、と言い平然ととんでもない事を言った。
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