小説

□咲く薔薇は斯くも美しく
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 蒸し暑い初夏の午後、庭先の風鈴がちりんと鳴る。
ああ、今年もまた例年通り暑くなってきたようだ。どうにも息苦しい。
胸が苦しくて、なんだか重い。
―――重い?
パッと目を開ければ間近に男の顔。
あららなんて言ってにっこり笑いかけてくる。

「起きちゃったの樹、折角あとちょっとだったのになあ」

「!、テメェ汪真!なんでここに居やがる!」

「なんでって、俺の家だよ。樹が珍しく逢いに来たと思ったら誘うように眠りこけるんだもん。ねえこれって誘ってたよね?誘ってただろ?」

「誰が誘うか!死ねテメェ!」

五月蠅そうに払い除けながら樹こと東大の保険医保坂樹は上半身だけ器用に起き上った。
それを少し寂しそうに見ながらこちらもまた東大の美術部顧問である篠原汪真がその横に渋々座る。
二人とも、見た目は大した男ぶりだ。
引き締まった無駄のない体躯、細くとも筋肉の隆起ははっきりと見てとれる。
少し骨ばった肩や鎖骨は男の色香を醸していて、女性から見ればさぞや目の保養であろう二人なのだが、中身は子供である。
子供と云うより、少々常人とは違っている。
それは二人してと云うよりはむしろ、篠原がである。
彼はゲイだ。
しかもそれを公言して憚らない。
何も疾しい事がないのに何を憚ることがあろうかと、堂々としている。
開き直っているように見えないでもないが、それが逆に世の女性にはウケるらしい。
理解し兼ねるが女と云う生物は、空想の美しい恋愛であるならば大抵は黄色い声を上げるようだ。
勿論例外も多くいるが、その多くは紙の上の絵空事や同じ次元でも美しい男性同士の絡み合いは良しとする傾向にある。
それは総じて自分たちに害のない事であり、他人事であり、要するに演劇と大差ないのだ。
だからかどうかは判らないが、篠原は異様に女にもてる。
勿論それは篠原が女に優しいのも理由に挙げられるし、彼女たちが彼に男として好意を持つと云うよりは、親しい、或いは話しやすい男友達としての愛情を捧げる事が多いからのようだった。
それが樹には気に食わない。
樹ははっきり言って女にはもてないのだ。
その理由の多くがこの口の悪さである。
そして粗暴な態度はいつの時代も女性には不評だ。
しかし代わりに男にもてる。
これは変な意味ではなく、実に頼りになる兄貴肌だからだと本人は豪語しているが、篠原に言わせると樹は可愛くセクシーで脳髄に電撃ショックを与えてくるセンセーショナルな男なのだそうだ。
なんだか意味が解らない。
意味は解らないが少なくとも可愛い男ではない。それは周りの人間がよく知っている。
ただ、篠原から見れば、樹と云う男はこの上なく可愛い、愛すべき存在らしい。
実に理解し兼ねる。
樹は男に何の興味もないので、そんな事をゲイからさらっと言われても悍ましさ以外に何も感じない。
だから出来るなら篠原には遇いたくないのだが、止むを得ない事情というものはある。
今回もそうだ。
篠原の顧問している美術部に所属する女生徒から、お願いしますからと手紙など渡されては断るに断れない。
案外、この男は人が好いのだ。
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